2022.9/25更新 
〒507-0014岐阜県多治見市虎渓山町4-13-1 (とうしん学びの丘"エール"内) Tel.0572-25-5551 Fax.0572-25-5879 土・日・月曜日定休  




2022
9/25
美濃陶芸協会ギャラリー
期間=2022年9月27日(火)〜10月4日(火)
 ※定休日=月曜日・水曜日

2022
9/25
「大野繁保 作陶展」
多治見展=2022年10月6日(木)〜10月18日(火)
 会場=美濃陶芸協会ギャラリー(期間中無休) 

名古屋展=2022年11月9日(水)〜11月20日(日)
 会場=ギャラリー碗[one] 

詳細が決まりましたら掲載します。

2022
9/11
第40回卓男賞受賞記念 「阪口浩史 作陶展」
多治見展=2022年9月11日(日)〜9月25日(日)
 会場=美濃陶芸協会ギャラリー
〈終了しました〉  

名古屋展=2022年10月7日(金)〜10月23日(日)
 会場=ギャラリー碗[one] 

くわしくはこちら、または下記イベント情報
2022
6/1
第8回 美濃陶磁育成 智子賞
公益社団法人美濃陶芸協会は、このほど、令和4年度「第8回 美濃陶磁育成 智子賞」に、大野繁保氏(土岐市)を選定いたしました。くわしくはこちら
2022
5/24
第25回美濃茶盌展(公募展)
多治見展、名古屋展ともに無事終了いたしました。
多くのお客様にご高覧いただき、厚く御礼を申し上げます。
この記録は、美濃陶芸協会アーカイブに保存しました。

2022
5/1
第40回 卓男賞
公益社団法人美濃陶芸協会は、このほど、令和4年度「第40回 卓男賞」に、阪口浩史氏(多治見市)を選定いたしました。
くわしくはこちら

2021
10/
14
●新型コロナ感染拡大防止対策
「ギャラリー碗one」、及び「美濃陶芸協会ギャラリー」の新型コロナ感染症拡大防止対策です。
こちらをご一読下さい。

2013
1/26

■「社団法人美濃陶芸協会」は公益社団法人化に伴い、「公益社団法人美濃陶芸協会」と名称を変更いたしました。省略形は「(公社)美濃陶芸協会」となります。今後ともよろしくお願い申し上げます。くわしくはこちら






展覧会名 第40回卓男賞受賞記念 「阪口浩史 作陶展」〈名古屋展〉
会期

2022年10月7日(金)〜10月23日(日)
10:30〜17:00(平日13:00〜14:00は昼休

会場 東海テレビ×美濃陶芸協会「ギャラリー碗 [one]」
定休日

月曜日、火曜日、平日の祝日

地図
詳細 くわしくはこちら



 
(詳細がわかり次第リンクします)
※ 新型コロナウイルスの感染状況次第で、延期や中止になる場合があります。
 駄知どんぶりまつり 2022年10月1日(土)・2日(日)
 美濃焼祭 2022年10月8日(土)〜10日(月祝)
 たじみ茶碗まつり 2022年10月9日(日)・10日(月祝)
 美濃焼伝統工芸品まつり 2022年10月22日(土)・23日(日)
 下石窯元まつり 2022年10月29日(土)・30日(日)

■コロナ拡大防止対策について
■直営ギャラリーのご案内
公募展の仕組み変更
智子賞を新設
公益社団法人への移行
協会設立50周年にあたって

2022年度卓男賞、智子賞 new
第25回美濃茶盌展 new
第45回美濃陶芸展
2021年度卓男賞、智子賞
2020年度卓男賞、智子賞
第24回美濃茶盌展
第9回美濃大茶会
2019年度卓男賞、智子賞
第44回美濃陶芸展
第8回美濃大茶会

第23回美濃茶盌展
第7回美濃大茶会
第43回美濃陶芸展
平成29年度卓男賞、智子賞

第6回美濃大茶会

第22回美濃茶盌展
平成28年卓男賞、智子賞

第5回美濃大茶会
第42回美濃陶芸展

平成27年卓男賞、智子賞
第21回庄六賞茶盌展
第4回美濃大茶会
第41回美濃陶芸展

平成26年卓男賞・桔梗賞

第20回庄六賞茶盌展
第3回美濃大茶会
第40回美濃陶芸展
平成25年卓男賞・桔梗賞
美濃陶芸のプロローグ
パネルディス…「文化の伝承」

協会設立50周年記念式典
第19回庄六賞茶盌展
第2回美濃大茶会

第39回美濃陶芸展
第18回庄六賞茶陶展

林 恭助会長就任あいさつ
東日本大震災チャリティ陶芸展
加藤孝造名誉顧問、人間国宝に
JR多治見駅陶壁完成

秋のお彼岸は、9月23日の「秋分の日」を中日として前後3日間を合わせた7日間です。お彼岸の時期に真西へ沈む夕陽の向こう側にある彼岸浄土の先祖を偲び、供養する仏事です。この期間、各寺院では「彼岸会(ひがんえ)」の法要を営みます。この彼岸会は、インド、中国など他の仏教国にはない日本独自の行事です。それは、この彼岸会法要の起源が、もともとあるひとりの人物の霊魂を鎮めるための行事であったからなのです。奈良時代末期、「長岡京」で即位した、第50代桓武(かんむ)天皇(在位737~806)は、即位にあたり実弟の早良(さわら)親王(750~785)を皇太子にします。しかし、長男が成長すると天皇位を嗣がせたいとするのが親心。そこで桓武天皇は、朝廷高官の暗殺事件の首謀者として早良親王に罪を被せ、逮捕幽閉し、淡路島へ流刑にしてしまいました。無実を訴えた早良親王は、抗議の断食をしますが、配流の途上、無念の餓死となってしまいます。これで、桓武天皇としては邪魔者がいなくなり、息子を皇太子にして、わが世の春を迎えます。しかし、異変は3年後に起こります。延暦7年(788)に、桓武天皇の后(きさき)の藤原旅子が亡くなったのを皮切りに、次々に身近な親族が亡くなり、疫病洪水が発生し、皇太子も重い病に伏せる事態となりました。桓武天皇は、早良親王の怨霊の祟りと恐れ、延暦13年(794)に、怨霊封じのための寺社を配置した土地に都を遷すのです。それが「平安京」、現在の京都です。そして桓武天皇は、弟を死に追いやった後ろめたさからか、延暦19年(800)、故早良親王に「崇道(すどう)天皇」という「追号(ついごう)」を贈りました。この「崇道天皇」は、即位もない、歴代の天皇系図にも属さない、便宜上の存在です。こうして、桓武天皇は、早良親王のため、春秋の彼岸の七日間の間、昼夜を問わず「金剛般若波羅蜜多経」を読経することを諸国の国分寺に命じたのです。つまり、「彼岸会法要」の始まりは、非業の死を遂げた早良親王の怨念を鎮めるためだったのですね。以降、これが慣習化され、ついには今日のように、我々一般庶民による墓参りや先祖供養の行事として広まって行ったと言うわけです。(2022.9/15)



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