2024.4/21更新
〒507-0014岐阜県多治見市虎渓山町4-13-1 (とうしん学びの丘"エール"内) Tel.0572-25-5551 Fax.0572-25-5879 土・日・月曜日定休  


2024
4/1
「公募・第26回美濃茶盌展」 公募要項
■申込期間=2024年6月3日(月)〜6月17日(月)
■搬入日=2024年7月6日(土)
■展覧会=2024年11月多治見会場、12月名古屋会場
※申込方法が変更となりました。公募要項はこちら



   

2024
4/12
「選抜20盌展」 多治見展
■会期=2024年4月12日(金)〜4月29日(月・祝)
■会場=美濃陶芸協会ギャラリー
※くわしくは下記イベント情報、またはこちら

2024
4/8
「ハルノウツワ」展
■会期=2024年4月8日(月)〜4月26日(金)
■会場=ギャラリー碗[one]
※くわしくは下記イベント情報、またはこちら

2024
4/22
「ぐい呑み100展」 多治見展
■会期=2024年5月17日(金)〜6月2日(日)
■会場=美濃陶芸協会ギャラリー
※詳細は後日掲載します


2023
4/22

「選抜20盌展」 名古屋展
■日時=2024年5月17日(金)〜5月26日(日)
■会場=ギャラリー碗[one]
※詳細は後日掲載します



展覧会名 美濃陶芸協会ギャラリー3周年記念 「選抜20盌展」多治見展
会期 2024年4月12日(金)〜4月29日(月・祝) 10:00〜16:00 
会期中無休、最終日=15:00まで
会場 美濃陶芸協会ギャラリー
詳細 出品者など、くわしくはこちら
名古屋展

5月17日(金)〜5月26日(日) / ギャラリー碗[one]




展覧会名  「ハルノウツワ」展
会期 2024年4月8日(月)〜4月26日(金) 10:30〜17:00 
昼休=13:00〜14:00、最終日=16:00まで
休廊日 土曜日・日曜日・祝日
会場 東海テレビ×美濃陶芸協会 ギャラリー碗[one]
詳細 出品者など、くわしくはこちら





詳細 くわしくはこちら



詳細がわかり次第リンクします 
 陶の里蔵出し市(市之倉陶祖祭) 終了 4月13日(土)・14日(日)
 たじみ陶器まつり 終了 4月20日(土)・21日(日)
 土岐市美濃焼大陶器市(イオンモール土岐) 終了 4月20日(土)・21日(日)
 土岐美濃焼まつり 5月3日(金・祝)〜5日(日・祝)
 春の美濃焼伝統工芸品まつり 5月3日(金・祝)〜5日(日・祝)
 だち窯やまつり 5月3日(金・祝)〜5日(日・祝)

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'24美濃陶芸協会小品展 new
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'23年度卓男賞、智子賞

'22年度卓男賞、智子賞
'22第25回美濃茶盌展
'21第45回美濃陶芸展
'21年度卓男賞、智子賞
'20年度卓男賞、智子賞
'20第24回美濃茶盌展
'19第9回美濃大茶会
'19年度卓男賞、智子賞
'19第44回美濃陶芸展
'18第8回美濃大茶会

'18第23回美濃茶盌展
'17第7回美濃大茶会
'17第43回美濃陶芸展
'17年度卓男賞、智子賞

'16第6回美濃大茶会

'16第22回美濃茶盌展
'16年度卓男賞、智子賞

’15第5回美濃大茶会
’15第42回美濃陶芸展

'15年卓男賞、智子賞
'15第21回庄六賞茶盌展
'14第4回美濃大茶会
'14第41回美濃陶芸展

'14卓男賞・桔梗賞

'14第20回庄六賞茶盌展
'13第3回美濃大茶会
'13第40回美濃陶芸展
'13卓男賞・桔梗賞
'13美濃陶芸のプロローグ
'13パネルディ…「文化の伝承」

'13協会設立50周年記念式典
'13協会設立50周年にあたって
'12第19回庄六賞茶盌展
'12第2回美濃大茶会

'12第39回美濃陶芸展
'12第18回庄六賞茶陶展

'11東日本大震災チャ…陶芸展
'10加藤孝造名誉顧問、人間国…
'09JR多治見駅陶壁完成

文治五年(1189)4月29日、奥州・平泉の衣川館(ころもがわだて)を攻め込まれた主君「義経」を守って、「武蔵坊弁慶」が討ち死にしました。源義経主従は、平家討伐で功名を立てたものの兄・源頼朝の不興を買い討伐される身となり、奥州・平泉の藤原秀衡(ひでひら)の元へ逃げ込みました。そして義経一行は、衣川館に屋敷を与えられ安住の地を得たかに思われましたが、それもつかの間、秀衡が病死し跡を継いだ泰衡(やすひら)が頼朝の圧力に屈して裏切り、義経主従が住む衣川館を攻め込みました。主従は奮戦するも500騎の泰衡軍に次々と討ち取られ、弁慶も堂に籠もった主君義経をかばうように無数の矢を受け、力尽きました。この時、弁慶は立ったまま戦死したことから、「弁慶の立ち往生」と言う伝説が生まれました。「平家物語」最後の名場面ですが、これは事実か、はたまた後の世の講談話だったのでしょうか。一般的に、人は死ぬと神経がマヒすることから筋肉が弛緩して、その後2時間ほどかけて徐々に硬直して行きます。いわゆる「死後硬直」と言うものです。ところが、スポーツ中など筋肉が極度の疲労状態にある場合は、筋肉を硬直させる反応が強く速く出て、死亡直後に硬直することがある、との医学見解があります。弁慶は激しい戦闘の最中に絶命したために「即時性死後硬直」が起こり、持っていた薙刀(なぎなた)が支えとなって立ったまま倒れなかった、というのが「弁慶の立ち往生」の医学的可能性だとされています。死してなお、主君義経を守る豪傑「弁慶」らしい最後でした。(2024.4/15)



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