2017.10/15更新
〒507-0801岐阜県多治見市東町1-9-27 (多治見市美濃焼ミュージアム内) Tel.0572-25-5551 日・月曜日定休  
 



9/27
●平成30年5月に開催予定の「第23回美濃茶盌展」(旧庄六賞茶盌展)の開催&公募要項が決まりました。
くわしくは下記イベント情報、またはこちら
公募期間=平成30年2月9日(金) 〜 2月26日(月)

9/24
●平成29年9月24日(日)に、「第7回美濃大茶会」を開催いたしました。多くのお客様にご参加頂きまして、誠にありがとうございました。くわしくはこちら
5/18 ●公益社団法人美濃陶芸協会は、「第3回美濃陶磁育成・智子賞」に、安藤 工氏(あんどうたくみ・多治見市)を選定いたしました。くわしくはこちら
5/6 「第43回美濃陶芸展」が盛況理に終了しました。
期間中、多くの方にご高覧頂きまして誠にありがとうございました。この記録は「美濃陶芸協会アーカイブ」に保存しました。くわしくはこちら
4/6 ●公益社団法人美濃陶芸協会は、「第35回卓男賞」に、陶芸家・和田和文氏(わだかずふみ・岐阜県土岐市)を選定いたしました。 くわしくはこちら
1/9 訃報青山禮三(アオヤマレイゾウ)功労会員が、平成29年1月9日(月)に逝去されました。享年98歳。
謹んでお悔やみを申し上げます。
略歴等、くわしくはこちら
2013
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■「社団法人美濃陶芸協会」は公益社団法人化に伴い、「公益社団法人美濃陶芸協会」と名称を変更いたしました。省略形は「(公社)美濃陶芸協会」となります。今後ともよろしくお願い申し上げます。くわしくはこちら





上記画像は前回「第22回美濃茶盌展(2016)」
「庄六賞茶盌展」として長く親しまれた本展は、前回の第22回展より名称を「美濃茶盌展」とし、「美濃陶芸展」と交互の隔年開催と致しました。次回第23回美濃茶盌展をお楽しみに!
多治見展
(セラミックパークMINO)
平成30年(2018) 5月3日(木) 〜 5月6日(日)
10:00 〜 17:00 (最終日は16:00まで) ※初日のみ11:00から
名古屋展
(JR名古屋タカシマヤ)

平成30年(2018) 5月16日(水) 〜 5月22日(火)
10階 美術画廊

開催および公募要項 くわしくはこちら
公募要項PDF ダウンロードはこちら
公募期間 平成30年(2018) 2月9日(金) 〜 2月26日(月) 

・美濃茶盌大賞 (賞金50万円 1名)
 
(大賞作品は賞金をもって買取り、とうしん美濃陶芸美術館に収蔵)
・金 賞 (賞金10万円 1名)
・銀 賞 (賞金5万円 1名)
・銅 賞 (賞金1万円 2名)
・奨励賞 (若干名)

参考 前回「第22回美濃茶盌展(2016)」の記録はこちら




 
日本を代表する陶産地‘美濃’で開催されるトリエンナーレ(3年に一度開かれる国際美術展覧会)です。国際規模の陶磁器コンペティション「国際陶磁器展美濃」を中心に、陶磁器の産業と文化に寄与する様々な事業が展開される世界最大級の陶磁器の祭典です。
会期 平成29年(2017) 9月15日(金)〜10月22日(日)
会場 セラミックパークMINO、多治見市、土岐市、瑞浪市
総合
プロデューサー
中田 英寿(サッカー元日本代表)
詳細 くわしくはこちら


(詳細がわかり次第リンクします)
 だちどんぶりフェス 終了 平成29年9月30日(土)・10月1日(日)
 美濃焼祭 終了 平成29年10月7日(土)〜9日(月祝)
 たじみ茶碗まつり 終了 平成29年10月8日(日)・9日(月祝)
 陶の里フェスティバル in 市之倉 終了 平成29年10月7日(土)・8日(日)
 美濃焼伝統工芸品まつり 平成29年10月21日(土)・22日(日)
 下石どえらぁええ陶器祭り 平成29年10月28日(土)・29日(日)

公募展の仕組み変更 NEW
智子賞を新設

公益社団法人への移行
協会設立50周年にあたって

第7回美濃大茶会 NEW
第43回美濃陶芸展
平成29年度卓男賞、智子賞

第6回美濃大茶会

第22回美濃茶盌展
平成28年卓男賞、智子賞

第5回美濃大茶会
第42回美濃陶芸展

平成27年卓男賞、智子賞
第21回庄六賞茶盌展
第4回美濃大茶会
第41回美濃陶芸展

平成26年卓男賞・桔梗賞

第20回庄六賞茶盌展
第3回美濃大茶会
第40回美濃陶芸展
平成25年卓男賞・桔梗賞
美濃陶芸のプロローグ
パネルディス…「文化の伝承」

協会設立50周年記念式典
第19回庄六賞茶盌展
第2回美濃大茶会

第39回美濃陶芸展
第18回庄六賞茶陶展

林 恭助会長就任あいさつ
東日本大震災チャリティ陶芸展
加藤孝造名誉顧問、人間国宝に
JR多治見駅陶壁完成

寛永六年(1629)10月23日、江戸幕府は風紀を乱すとして「女歌舞伎」を禁止しました。「歌舞伎」のルーツは、慶長8年(1603)、京都・四条の川原に小屋がけをして、出雲大社の巫女(みこ)出身と云われる「阿国(おくに)」と云う女性を中心とした集団が、斬新で派手な「かぶき踊り」と呼ばれる「レビューショー」を始めた「女歌舞伎」からと云われています。初期の「歌舞伎」は、「歌舞”妓”」あるいは「歌舞”姫”」とも表記され、文字通り「歌い舞う女性」を意味していました。ところが、この当時の歌舞伎は、ショーの後に踊り子が客を誘って別室へ行き、売春行為をすることが当たり前のように行われていました。しかも、当時は今だ戦国の気風が残る時代で、客の武士同士で贔屓(ひいき)の女性をめぐっての刃傷沙汰がたびたび起こり、怪我人・死者が後を絶ちませんでした。それで、この年に禁止令が出てしまったのです。当時は、美少年を踊り手として舞台に上げた「若衆歌舞伎」もありましたが、やはり少年たちの多くが男色(だんしょく)を生業(なりわい)としていたため、客による争いが絶えず、これも禁止されてしまいました。そして、元禄(1688~)の頃に、成人男性のみによる「野郎歌舞伎」が誕生することとなったのです。しかし、美少女や美少年ならば歌い踊れば客は集まりましたが、むくつけき男ばかりではそうは行きません。そこで、舞台の趣向をガラリと変え、演技力がものを云う「芝居」が中心となったのです。さらに「初代市川團十郎」などの大スターが登場し、庶民の絶大な人気を得て今日に至っているのです。(10/15)



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