2021.5/15更新 
〒507-0014岐阜県多治見市虎渓山町4-13-1 (とうしん学びの丘"エール"内) Tel.0572-25-5551 Fax.0572-25-5879 土・日・月曜日定休  
 



2021
4/23
会員の青山貴秀様が、4月22日(木)に逝去されました。
謹んでお悔やみを申し上げます。
通夜・葬儀等はこちら

2021
3/20

「美濃陶芸協会ギャラリー」 をオープンします!
開店日 / 2021年4月10日(土) 10:00〜16:00
オープニング企画 / 「美濃陶芸茶陶展」
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2021
2/26
●東海テレビ放送と美濃陶芸協会コラボ企画 
「東海テレビ×美濃陶芸協会 ギャラリー碗 ONE 」 をオープンします。
開店日 / 令和3年3月13日(土)
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2020
5/28
●(公社)美濃陶芸協会は、令和2年度「第6回美濃陶磁育成・智子賞」に冨岡大資氏(とみおか だいすけ・揖斐郡池田町)を選定いたしました。
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2020
5/26
●「第24回美濃茶盌展・名古屋展」には、多くのお客様にご高覧頂きまして、誠にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。この記録は「美濃陶芸協会アーカイブ」に保存しました。
2020
5/8
●(公社)美濃陶芸協会は、令和2年度「第38回卓男賞」に東 正之氏(あずま まさゆき・多治見市)を選定いたしました。
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2020
5/7
●「第10回美濃大茶会」中止のお知らせ
今秋開催予定の「国際陶磁器フェスティバル美濃’20」が新型コロナウィルス感染症の世界的拡大の影響により1年ほど延期となりましたので、共催事業の「第10回美濃大茶会」(令和2年10月3日、4日開催予定)は中止となりました。 お楽しみにされていた方々には心よりお詫び申し上げます。
2020
4/8
美濃陶芸協会・事務局移転
公益社団法人美濃陶芸協会・事務局は、このたび下記住所に移転いたしました。よろしくお願いいたします。

新住所=〒507-0014岐阜県多治見市虎渓町4-13-1
(とうしん学びの丘"エール"内)
なお、電話、FAX、メールアドレス、サイトURLに変更はありません。くわしくはこちら 地図はこちら

2020
4/2
●多治見展中止のお知らせ
新型コロナウイルス感染予防のため、5月2日(土) 〜 4日(月) に開催予定の「第24回美濃茶盌展(多治見展)」は、中止することとなりました。「名古屋展」は今のところ開催予定ですが、今後の状況次第となります。
くわしくは、下記「協会イベント情報」をご覧下さい。

2020
3/8
●「第24回美濃茶盌展」の入賞作品が決まりました。
くわしくはこちら
2013
1/26

■「社団法人美濃陶芸協会」は公益社団法人化に伴い、「公益社団法人美濃陶芸協会」と名称を変更いたしました。省略形は「(公社)美濃陶芸協会」となります。今後ともよろしくお願い申し上げます。くわしくはこちら





オープニング企画
くわしくはこちらをご覧下さい。



オープニング企画

くわしくはこちらをご覧下さい。





会期●2021年9月17日(金)〜10月17日(日)
※ 2020年9月18日~10月18日開催予定だった「国際陶磁器フェスティバル美濃’20」は、新型コロナウィルス感染症の世界的拡大の影響により、1年延期することになりました。
くわしくはこちら



(詳細がわかり次第リンクします)
※ 新型コロナウイルスの感染状況次第で、延期や中止になる場合があります。
 駄知どんぶりまつり  令和3年10月初旬頃
 美濃焼祭 令和3年10月中旬頃
 たじみ茶碗まつり 令和3年10月中旬頃
 陶の里フェスティバル in 市之倉 令和3年10月中旬頃
 美濃焼伝統工芸品まつり 令和3年10月下旬頃
 下石どえらぁええ陶器祭り 令和3年11月初旬頃

 

■「美濃陶芸協会ギャラリー」オープン NEW
■「東海テレビ×美濃陶芸協会 ギャラリー碗 ONE」 オープンNEW
事務局移転
公募展の仕組み変更
智子賞を新設
公益社団法人への移行
協会設立50周年にあたって

2020年度卓男賞、智子賞 NEW
第24回美濃茶盌展
第9回美濃大茶会
2019年度卓男賞、智子賞
第44回美濃陶芸展
第8回美濃大茶会

第23回美濃茶盌展
第7回美濃大茶会
第43回美濃陶芸展
平成29年度卓男賞、智子賞

第6回美濃大茶会

第22回美濃茶盌展
平成28年卓男賞、智子賞

第5回美濃大茶会
第42回美濃陶芸展

平成27年卓男賞、智子賞
第21回庄六賞茶盌展
第4回美濃大茶会
第41回美濃陶芸展

平成26年卓男賞・桔梗賞

第20回庄六賞茶盌展
第3回美濃大茶会
第40回美濃陶芸展
平成25年卓男賞・桔梗賞
美濃陶芸のプロローグ
パネルディス…「文化の伝承」

協会設立50周年記念式典
第19回庄六賞茶盌展
第2回美濃大茶会

第39回美濃陶芸展
第18回庄六賞茶陶展

林 恭助会長就任あいさつ
東日本大震災チャリティ陶芸展
加藤孝造名誉顧問、人間国宝に
JR多治見駅陶壁完成

慶長二十年(1615)5月8日、大阪夏の陣で、落城が迫った大阪城城内で、父・秀頼、祖母・淀君と別れの盃を交わし、乳母を含む側近4名とともに大坂城を脱出し、一路、京都方面へ向かって逃走したのは、まだ幼い豊臣秀頼の嫡男・国松でした。正室・千姫との間には子がなく、側室に産ませた子で、淀君の妹・初(はつ)の夫・京極高次(きょうごくたかつぐ)の領地・若狭でこっそり育てられました。父・秀頼と対面出来たのは大阪夏の陣のわずか数ヶ月前で、親子の情を育む間もなく、別れとなってしまいました。やがて5月21日、京・伏見に潜伏しているところを徳川方に発見され捕縛。そして、5月23日、8歳の国松は京中引き回しの上、六条河原で斬首されてしまうのです。秀頼の子はもう一人、国松の一つ下の妹がいましたが、女の子だったため、千姫が祖父・家康に命乞いをして養女とし、一年後に鎌倉・東慶寺の尼(天秀尼)となりました。こうして、豊臣家の跡継ぎは無くなってしまい、家康の憂いは無くなるかと思われました。ところが、家康は執念深い人で、国松の下にはまだ弟がいる、というウワサ話が気になって、広く探索を続けましたが、結局、見つからず、やはりウワサに過ぎなかったと安堵しました。さて、江戸中期に成立した「本朝高僧伝」に、江戸・増上寺で長年修業して高僧の一人と讃えられ、晩年に移った山城国・伏見の地で、元禄元年(1688)、80歳の生涯を終えた「求厭(ぐえん)上人」なる僧の話が出て来ます。もはや、死を悟った求厭は、臨終の直前、それまで誰にも言わず隠していた自らの出自を語りました。そう、彼こそが国松の弟で秀頼の次男だと言うのです。彼は、灯台もと暗し、江戸に潜伏し、長じて増上寺に修業に入ったのです。増上寺と言えば、ご存じ徳川家の菩提寺です。敵のふところ深くに潜入していたのです。しかし、人生80年、ここに来てやっと悟りを開き、徳川家を恨む気持ちを捨てる事が出来たと、老僧は静かに弟子たちに告白したというのです。これは、荒唐無稽なトンデモ説ではなく、第1級史料とされる「本朝高僧伝」に残された伝記です。これが事実なら、家康の危惧は当たっていたわけですが、その本人が僧籍に入っていたため、その後の歴史に影響を与えることはありませんでした。(5/15)



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